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2007年12月号

【世を読む】 大丈夫か!?続出する企業不祥事

「隠せない」ではなく、「隠さない」ことによる解決が必要だ
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 不正会計や談合事件、食品表示や製造日・賞味期限の偽装、耐震強度・耐火性能の不正・改ざん、金融機関の法令違反行為に対する処分・・・近時の相次ぐ企業不祥事の報道に「いったい、この国はどうなってしまったのだろう?」と思わざるを得ません。
 続出する企業不祥事に対し、矢継ぎ早に法律等の改正が行われました。政府レベルでは、会社法、金融商品取引法、公益通報者保護法、個人情報保護法等、企業レベルでは、コンプライアンス体制の整備、コーポレート・ガバナンスの充実、社会的責任経営(CSR)の推進等、さらには「有価証券報告書」に対する宣誓義務と内部統制監査が導入されます。
 しかし、これらの法律等の改正が行われても、企業不祥事が減るどころか急増しています。
企業不祥事が相次ぐ原因は何でしょうか。第一に、「株式会社とは誰のものなのか」ということですが、「株式会社とは株主のものである」「経営者は利益を上げ、株価を上げればいい」といった、誤った「株主主権」の考え方にあるのではないでしょうか。安全性・信頼性を犠牲にしてでも利益を出せばよいという体質が、一部の企業に染み付いてしまっているのだと思います。第二に、成果主義や終身雇用制度の崩壊による社員の企業に対する忠誠心の低下、人間関係の無秩序化・希薄化も大きな原因だと思われます。近時の不祥事の多くが内部告発によって発覚していることからも分かるように、経営者の「隠しておこう」の意識が、従業員の「隠すな」の圧力へと変わり、企業の「隠せない」へと転換しているのです。組織である以上、不祥事はなくならないでしょう。しかし、法令や規制の改正だけで不祥事はなくなりません。今まで、企業のあり方、人間のあり方を直視することなく、日本的経営の三種の神器をすべて否定して、アメリカの考え方の一部を日本に持ってきたところに大きな問題があったのではないかと思います。今、書店に行けば安岡正篤、渋沢栄一、松下幸之助等の書籍、中国古典に関する書籍が平積みされるようになりました。相次ぐ企業不祥事に対し、多くの経営者が過去の問題点を反省し、あるべき企業観・倫理観を再確認し、日本人のもっている素晴らしい人間観を見直し、企業が社会の主要な構成要素として「いかにあるべきか」を考え直しているということだと思います。
 「隠せない」から「隠さない」へ。今求められていることは、利の元は義、つまり、正しいことを行うことが利益の源泉であることを経営者がもう一度考え直すことではないでしょうか。