【世を読む】「社会の公器」たる企業が果たす使命と責任とは?
消費・賞味期限のラベルを付け替えや、原材料表示の偽装を組織的に行っていた高級料亭「船場吉兆」。全4店舗は休業に追い込まれ、資金繰りが悪化、2008年1月に民事再生法の適用を申請したことは記憶に新しいと思います。
その後、一部店舗で営業を再開したものの、今度は食べ残しの使い回しが発覚。前社長が「もったいない。利用できるものは利用しろ」と数年前より指示していたといいます。同社の役員は「営業再開後は使い回しはしていない」と取材に応じていましたが、そんな言葉は信用できません。
ラベルを付け替え発覚後、口止めするために従業員を事実上軟禁していたというニュースが流れました、記者会見でも嘘をついて国民をだまし続けました。役員が引責辞任した後の新社長には前社長の妻が就任しました。従業員を全員解雇するというニュースも流れました(その後撤回)。こういう報道を見たときに、「この会社が社会的信用を取り戻すことはあり得ないだろう」と感じましたが、案の定、底なしの背信行為に老舗吉兆の信用は地に落ちました。
「社会の公器」たる企業は、顧客、社員やその家族、下請企業、株主、地域社会などの利害関係者に対して使命や責任を果たすために活動するものです。船場吉兆の場合はどうでしょうか。利益を最優先する体質、一人数万円も支払う顧客に対する愚弄、身内重視の経営、あまりにも低い経営者のモラル……、法律はもとより、社会のルールも守ることができず、企業を完全に私物化した公私混同経営を行っており、社会のために存在する意義すら失っているとしか思えません。
「事業の基は徳なり」「利の基は義なり」という中国古典の言葉があります。経営者は、この2つの言葉を憶えておいて欲しいと思います。徳のない事業は結局壊れていくことになります。利益の源泉は「義」、すなわち正しいことを行うことによって後から付いてくるものです。利益を得るために顧客や社員の信頼を失うようなことをやっていたら、仮に一時的にうまくいっても長続きはしないでしょう。自分の家族・子供にいえないようなことはやらないことです。近年相次ぐ不正や不祥事に共通するものは、「徳」のない経営者が、「信」「義」「仁」といったものを考えていないことに因るといってもよいのではないでしょうか。 それにしても、この船場吉兆のニュースを見たときに、目の玉が飛び出るような勘定の料理を食べ残す人がそんなにいるものか……という別の驚きもありました。提供者側も商売の常識を忘れていますが、数万円の食事に手を付けずに下げてくれという顧客の心理も世界的にみて非常識だと思いますけどね。

